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祈りと臨在

祈り方がわからない

祈り方が分からないなら、良い知らせがあります。だれも、初めから知ってはいません。祈りは、身につける技術でも、覚える台本でもありません。それは、神と交わす素朴な語らいです。

まとめると

祈るとは、ただ自分の言葉で、できるかぎり正直に神と話すことです。決まった型はいりません。弟子たちが教えてほしいと願ったとき、イエスは複雑な技術ではなく、短くて素朴な祈りを与え、言葉が見つからないときにも神の霊が祈りを助けてくださると約束されました。

多くの人が、祈り方を「知っているべきだ」と感じ、知らないことを恥じます。あなたには良い仲間がいます。イエスの友たちさえ「主よ、祈りを教えてください」と願いました。知らないということ、そこが、わたしたちのほとんどの出発点なのです。

イエスが言われたこと、聖書が約束すること

尋ねられたとき、イエスは複雑な技術を手渡されませんでした。今日「主の祈り」と呼ばれる、短くて素朴な祈りを与え、言葉が見つからないときにも神の霊が祈りを助けてくださると教えられました。

「御霊もまた、弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちは何をどう祈ればよいのか分からないのですが、御霊ご自身が、言葉にならないうめきをもって、わたしたちのために執り成してくださるのです」(ローマ8:26/私訳)

「あなたが祈るときは、自分の部屋に入り、戸を閉めて、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださいます」(マタイ6:6/私訳)

いますぐ言える祈り

神さま、どうすればよいか分かりませんが、あなたに話しかけたいのです。

言葉が足りなくても聞いてくださって、ありがとうございます。

わたしの心を、今この姿のまま、ここに差し出します。

祈りを教え、わたしをあなたに近づけてください。アーメン。

祈る相手であるお方を知りたいなら

まだ何も信じている必要はありません。クリスチャンは、イエスにおいて、神が先にわたしたちへ向き直られたと信じています。イエスご自身の言葉を静かに読み、何に出会うか見てみてください。ヨハネの福音書が、静かな始まりの場所です。

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