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恐れについての聖句
恐れについての聖書の言葉
恐れは、誰にでも訪れます。聖書はそれを否定せず、思うよりずっと近くにおられる神のもとへ、それを携えていくよう招きます。
まとめると
聖書は繰り返し「恐れるな」と言います。それは責める言葉ではなく、約束です。神があなたとともにおられる、と。イザヤ41:10、詩篇34:4、ヨハネ14:27のような言葉は、恐れを、世が与えられない平安を与える神への信頼へと変えるよう招きます。
“おそるるなかれ我なんぢとともにあり驚くなかれ我なんぢの神なり我なんぢを強くせん誠になんぢを助けん誠にわがただしき右手なんぢを支へん”
イザヤ書 41:10 · 文語訳聖書(パブリックドメイン)
“われヱホバを尋ねたればヱホバわれにこたへ我をもろもろの畏懼よりたすけいだしたり”
詩篇 34:4 · 文語訳聖書(パブリックドメイン)
“われおそるるときは汝によりたのまん”
詩篇 56:3 · 文語訳聖書(パブリックドメイン)
“平安をなんぢらに遣しおく、わが平安をなんぢらに與ふ。世の與ふるが如くにあらず。なんぢらの心を亂すな、また懼るな。”
ヨハネ傳 14:27 · 文語訳聖書(パブリックドメイン)
“そは神の我らに賜ひたるは、臆する靈にあらず、能力と愛と謹愼との靈なればなり。”
テモテ後書 1:7 · 文語訳聖書(パブリックドメイン)
恐れを置いていける場所
勇敢なふりをする必要はありません。神の前で恐れに名前をつけ、他の人にともに祈ってもらってよいのです。あなたはこれを独りで背負ってはいません。